|
シンガポール:14日にジャランベサルスタジアムで行われたAFC U-17選手権準決勝の第1試合、交替出場の斎藤学と柿谷曜一朗のゴールで日本がシリアを2-0で下して決勝進出を決めた。 1994年に1度優勝していた日本が準決勝第2試合、タジキスタン対北朝鮮の勝者と17日にタイトルをかけて対戦することとなった。 69分に斎藤が先制ゴールを決め、柿谷が80分に追加点をあげ、勝利を確実にした。 準々決勝で日本はIRイランと120分間の死闘を1-1で終え、PK戦も実に12人が蹴ったあと、9-8(PK8-7)でベスト4へのポストと共に来年韓国で開催されるFIFA U-17ワールドカップへの出場権も獲得していた。一方シリアは大会前には優勝候補の一角であったサウジアラビアをベスト8で2-1で下しての準決勝進出。 日本の城福浩監督は今回、中盤を厚くした3-6-1でスタート。影響力抜群のゲームメーカー柿谷、ストライカーの大塚翔平、そしてDF濱田水輝、山地翔の4人はベンチスタートとなった。 「スターティングメンバーを変えるのは私の決定だった。サブメンバーにも彼らのアピールの場を与えてやりたかった。彼らは非常に強い意思を持って、素晴らしいプレーを見せてくれた。私はこの変更がうまくいったことを嬉しく思う。」と城福監督は試合後に語った。 一方、シリアのモハメド・アル・ジョマー監督は、これまでそれぞれ4得点のエースストライカーのモハマド・ジャーファル、攻撃的MFモハッマド・ダルウィッシュ・ミドウらを始めこれまでのベストメンバーを配してきた。また、大会通算2得点のスーパーサブのジアド・アジョウズもベンチに控える。 日本は豊富な運動量で前半からシリアを圧倒するも、フィニッシュが悪く、嫌なムードが漂う。シリアは45分間で日本ゴールに迫ることはほとんど出来ず、シュートを放ったのは2度。しかし、そのシュートも2度ともゴールの枠を捉えることは出来なかった。 フリーとなった岡本知剛が20分にミドルシュートを放つもシリアのGKでキャプテンのアーマド・マドニアの正面。その5分後、キャプテンの水沼宏太からのクロスに合わせて八反田康平が強烈なヘディングシュートを放つもマドニアに弾かれた。 試合を支配しながらもなかなかゴールが決まらず、城福監督は30分に比嘉厚平に代えて大塚をピッチに送り込み、3-5-2へと変更。大塚もピッチに入った直後からゲームに入り、38分にはシュートを放つ。しかし、彼のシュートはシリアDFに防がれた。 前半は両チーム得点なしで折り返し、後半のすべりだしはまたしても日本が主導権を握った。 マドニアは後半、日本が3分間に2本の決定的なシュートを放つもスーパーセーブを連発、その才能を充分に発揮した。1本目は水沼が51分に距離のあるところから放ったシュートを、2本目は後半から八反田に変わって出場した斎藤が54分にポスト近くへと放ったシュートも跳ね返した。 2002年大会の準々決勝でイエメンに敗れていたシリアが後半はよりモチベーション高く、強い意思を見せて一丸となってプレーしたが、自信を持ったライバルを恐れさせるにはまだ充分ではなかった。 日本の絶え間ない攻撃は69分にやっと実を結ぶ。山田直輝のペナルティエリア内からのパワフルなシュートをマドニアがパンチングで防いだが、シリアのキャプテンがこぼれたボールを抑える前に斎藤が走りこんでルーズボールをゴールに押し込んだ。 試合終了10分前に大塚が中盤からフリーの柿谷にパス、柿谷はマドニアの守るゴールにシュートを流し込み、決定的な2点目を決めた。 城福監督は「前半での変更は、彼ら(シリア)からなかなかゴールを奪えなかったことから、攻撃を強化するために行った。そして、それがうまくいった。」と語った。 シリアのアル・ジョマー監督は敗戦を受け入れつつ、「日本の1点目はオフサイドだったように感じる。そして、この試合の負け方は良くなかった。日本は今日、我々より良いプレーをし、この敗戦を厳粛に受け入れる。」と語った。 そして「来年の韓国でのFIFA U-17ワールドカップでよい成績を残せるよう、国に戻ってしっかりと準備をしたい。」と付け加えた。
|